1 はじめに
通常の税務調査は,所轄税務署の担当官によって行われます。
しかし,高額な脱税が疑われるケースでは,国税局の査察部という特別な部署が担当し,時には,裁判所の令状に基づいて強制的な調査がなされることがあります。
昔,伊丹十三監督の「マルサの女」という映画がありましたが,その映画をご覧になれば,査察が具体的にどんなものかよくわかっていただけると思います。
さて,私(弁護士中村和洋)は,過去に検事をしており,査察部が摘発した脱税事件に関与したことがあり,その後,弁護士としても,脱税事件の刑事弁護を多く取り扱い,時には査察と交渉したり,やり合ったりすることがあります。このコラムでは,査察調査の概要について解説します。
2 査察調査について
査察調査には,任意の調査と強制的な調査があります。
任意調査とは,脱税の疑いをかけられている者や参考人に対して事情聴取をすること,これらの者から同意を得て書類等を検査することです。
例えば,密かに銀行に行って口座の内容を調べたり,店舗に客のふりをして入って売れ行きを調査したりすることもあります。これを内偵調査といいます。
内偵調査の内容はほとんど明るみになりませんので,秘密のベールに包まれていますが,中には,他の税務調査をしているふりをして,別の口座内容を盗み見る「横目調査」という手法も存在するという指摘もあります。もし,そのようなことが行われていれば,それは違法な調査だといえるでしょう。
このような査察調査が行われるきっかけには,税務署の通常の調査から巨額の脱税が疑われて査察に移行する場合もありますし,その以外にも,密告や,新聞・雑誌の情報等,多様なものがあると言われています。
さらに,査察官は,裁判官の令状を得て,強制的に犯則嫌疑者の事務所や住所など関係箇所に立入ったり,書類や所持品を捜索・差押することも許されています。これを,強制調査といいます。
これらの手続が,警察の捜査ではなく,査察官らによる犯則調査という特別の手続として設けられているのは,①脱税事件の調査には税法や会計の専門知識が必要であり,②発生件数が多いので通常の刑事手続によっていては迅速な処理ができないことによるという,政策的な理由によるものです。
実際には,犯則調査は,刑事処罰を求めることを目的としているので,刑事手続に準じる手続として,憲法35条の令状主義や憲法38条1項の黙秘権の保障が及ぶものと解されています。
3 検察庁への告発について
査察調査の結果,脱税の事実が認められた場合には,検察庁に対して,告発の手続が取られます。
令和元年度の統計によれば,査察調査に着手した事件のうち告発に至った件数の割合は70.3%です。約3割の事件が告発には至っていませんが,これは調査の結果,証拠が不十分であったか,脱税金額が大きくなく,告発基準に満たなかったかによるものと考えられます。
実務の運用として,法人税や所得税については,一般的に1億円以上の所得を脱税したことが告発の条件とされているようですが,脱税所得額が1億円に満たないものであっても,例えばほ脱率(実際の税額に占めるほ脱税額の割合)が高かったり,架空外注費を計上するなど手段が悪質な場合には,告発に至るケースがあります。
数百万円程度の脱税が告発に至るということは,まずありません。
反対に,大企業で数億円以上の多額の納税をしているというような場合には,1億円程度の脱税があったとしても,ほ脱率が低いので刑事告発に至らない場合が多いです。大企業が数億円の申告漏れを指摘されて修正申告をしたというニュースをご覧になることがあると思いますが,ほとんどは刑事告発には至っていません。
検察官が告発を受けた場合,ほぼ100%,起訴に至ります。
というのも,告発に至る前に,検察官と国税局との間で告発要否勘案協議会という会議が設けられ,そこで,告発を受理することが認められたケースのみ,告発に至っているという事情があるからです。
ですから,告発ができたということは,検察官が「起訴できます」というお墨付きを与えているようなものといえます。
したがって,査察調査が入ってしまった場合には,検察官に対する告発に至るまでの段階で,弁護士,税理士と協力しながら,必要な対応(調査には協力しつつ,必要経費の主張など納税者に有利となる主張はしっかりと行う。)をとり,告発を回避するための努力が必要といえるでしょう。
以 上
(執筆:中村 和洋)