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国際税務―租税回避と課税のいたちごっこ

はじめに

 各国は、各国独自に租税を課しています。国境を越えた取引が行われる場合、その取引から生じた所得にどちらの国が課税するのかをめぐって、歴史的に、税の分捕り合戦が行われてきましたが、主に近代以降、租税条約が締結され、国際的な取り決めが進んできました。

 このような国際的な課税権の網をかいくぐるかたちで、タックスヘイブンと呼ばれる国家や地域が、課税を逃れようとする企業や投資家のため、税制優遇政策を打ち出すことによって、投資資金や企業活動を呼び込んでいる例も多く見受けられます。数年前には、著名な多国籍企業が、アイルランドと米国の税法上の居住性の定義の差異という税の抜け穴を利用して、世界的に見ると、僅かな税率でしか税を課されないことが報じられ、大きな問題となりました。国際的な租税回避の問題です。

 国際的な租税回避の問題は、大企業だけに特有なものではありません。日本のように相続や贈与に関する税率の高い国にいながら、資産を子孫に受け継がせたいと考える資産家においても関心の高い問題となっています。

 この国際的な租税回避に対応するため、各国は国内法(タックスヘイブン対策税制など)を整備しつつ、国際協調により、税の抜け穴を防いだり、納税者の資産を把握する情報共有の取り組み(共通報告基準(CRS:Common Reporting Standard))を導入したりすることで、所得の課税漏れを防ぐようになってきています。

 ここでは、資産家の租税回避行為が問題となった嚆矢というべき武富士事件について触れたいと思います。

 

最高裁平成23年2月18日判決・集民236号71頁(武富士事件)

 武富士の元会長の子どもである納税者が、その元会長夫妻から夫妻の保有するオランダ法人の出資持分の贈与を受けながらも、国内に住所を有しないから贈与税の納税義務を負わない非居住者にあたるとして、贈与税の申告をしなかったところ、課税庁から巨額の贈与税の課税処分を受けたという事件です。

 争点は、単純かつ難しい問題で、国内に「住所」を有していたかどうかというものでした。武富士事件において、裁判所は、住所とは、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解しました。

 そのうえで、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かを判断するには、①その者の所在や滞在日数、②職業を中心に、③居宅、④親族の居所、⑤資産の所在、⑥各種届出等の状況といった要素が総合考慮されるべきであるという判断基準を示したうえで、納税者の生活実態を詳細に検討しました。そして、裁判所は、本件においては、贈与を受けた子どもは、贈与前後の期間の3分の2を香港で過ごしており、役員として業務に従事していたことなどから、贈与税回避の目的があったとしても客観的な生活の実態が消滅するものではないとして、日本に住所を有していたとは言えない非居住者であったと判断しました。

 この判決には、次のような須藤裁判官の補足意見がついており、税法が想定していない形式で税負担を減少させようとする租税回避行為について、法感情としては贈与を否認して課税したいところであるが、個別否認規定がないのにこれを否認して課税することはできないと記したものとして著名です。

 須藤裁判官いわく、「本件贈与の実質は、日本国籍かつ国内住所を有するAらが、内国法人たる本件会社の株式の支配を、日本国籍を有し、かつ国内に住所を有していたが暫定的に国外に滞在した上告人に、無償で移転したという図式のものである。一般的な法形式で直截に本件会社株式を贈与すれば課税されるのに、本件贈与税回避スキームを用い、オランダ法人を器とし、同スキームが成るまでに暫定的に住所を香港に移しておくという人為的な組合せを実施すれば課税されないというのは、親子間での財産支配の無償の移転という意味において両者で経済的実質に有意な差異がないと思われることに照らすと、著しい不公平感を免れない。国外に暫定的に滞在しただけといってよい日本国籍の上告人は、無償で1653億円もの莫大な経済的価値を親から承継し、しかもその経済的価値は実質的に本件会社の国内での無数の消費者を相手方とする金銭消費貸借契約上の利息収入によって稼得した巨額な富の化体したものともいえるから、最適な担税力が備わっているということもでき、我が国における富の再分配などの要請の観点からしても、なおさらその感を深くする。一般的な法感情の観点から結論だけをみる限りでは、違和感も生じないではない。しかし、そうであるからといって、個別否認規定がないにもかかわらず、この租税回避スキームを否認することには、やはり大きな困難を覚えざるを得ない。」

 なお、この事件以降、法改正があり、現在ではこのような租税回避行為は事実上困難になっています。

 

まとめ

 このように、国際税務においては、歴史的に課税、法の抜け穴を利用した租税回避、そして法による抜け穴封じが繰り返されてきました。昨今では、国際的に資産移転をしようとしても、国際的な情報共有化によって、ある程度国家に資産の所在が把握されるようになってきており、課税のための環境が整ってきているといえるでしょう。しかし、今後も、各国の法整備に差異があったり、法が想定していない国際的なサービスを利用して、新たな租税回避行為が生まれる可能性はあるでしょう。

以 上

(執筆: 永井 秀人)

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